恵みの雨

復活の約束

2017年10月16日

のぞみ教会主日礼拝 2017年10月15日 説教者:李鍾賢牧師

ローマ8:11-14

8:11 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。

 8:12 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。

 8:13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。

 8:14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。

 

 

この記事の続きを読む

クリスチャンの誇り

2017年9月12日

のぞみ教会 主日礼拝(2017年9月10日) 説教者:李鍾賢牧師

8:8 肉にある者は神を喜ばせることができません。

 8:9 けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。

 8:10 もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。

 8:11 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。

 8:12 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。

この記事の続きを読む

クリスチャンの特徴

2017年9月8日

のぞみ教会・主日礼拝(2017年8月27日) 説教者:李鍾賢牧師

8:4 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためなのです。

 8:5 肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。

 8:6 肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。

 8:7 というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。

 8:8 肉にある者は神を喜ばせることができません。

この記事の続きを読む

救いの確かさ

2017年8月14日

のぞみ教会 主日礼拝(2017年8月13日) 説教者 李鍾賢牧師

救いの確かさ(ローマ8:1-2)

 8:1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

 8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

 8:3 肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。

この記事の続きを読む

起きよ

2017年8月3日

のぞみ教会 主日礼拝[2017年7月30日] 説教者:李鍾賢牧師

イザヤ60:1-5[起きよ]

60:1 起きよ。光を放て。あなたの光が来て、

主の栄光があなたの上に輝いているからだ。

 60:2 見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。

 60:3 国々はあなたの光のうちに歩み、

王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。

 60:4 目を上げて、あたりを見よ。彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。

 60:5 そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、心は震えて、喜ぶ。海の富はあなたのところに移され、国々の財宝はあなたのものとなるからだ。

この記事の続きを読む

救いの確かさ

2017年7月18日

のぞみ教会 主日礼拝(2017年7月16日) 説教者 李鍾賢牧師

救いの確かさ(ローマ8:1-2)

 8:1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

 8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

この記事の続きを読む

救いの確かさ

2017年7月12日

のぞみ教会 主日礼拝(2017年7月2日) 説教者 李鍾賢牧師

救いの確かさ(ローマ8:1)

 8:1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

クリスチャンは、自分たちがどういう者であり、どういう立場にあって、

それがどんなに確かなものであるかという事を知らなければなりません。

そのことが分かると、私たちの信仰生活は着実なものとなり、安定したものとなります。

この箇所には、そのことが記されているので、その意味をよく知ることが大切です。

この記事の続きを読む

原罪の恐ろしさ

2017年6月28日

のぞみ教会 主日礼拝(2017年6月18日) 説教者 李鍾賢牧師

原罪の恐ろしさ(8)

 <7:8 しかし、罪はこの戒めによって機会を捕え、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました。律法がなければ、罪は死んだものです。>

私たちクリススチャンにとって、律法をどう見るかという事は、非常に重要なことです。聖書の教えている正しい律法観を持つ事は、人が救いに至る上でも重要なことです。

またすでに救われたクリスチャンにとっても重要なことです。

この記事の続きを読む

死んでしまった者

2017年6月28日

のぞみ教会 主日礼拝(2017年6月4日) 説教者 李鍾賢牧師

死んでしまった者<7:9>

ローマ7:9 私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが来たときに、罪が生き、私は死にました。

この記事の続きを読む

のぞみ教会 主日礼拝2017年5月20日 説教者:李鍾賢牧師

クリスチャンの生活の素晴らしさ(ローマ7:5-8)

 7:5 私たちが肉にあったときは、律法による数々の罪の欲情が私たちのからだの中に働いていて、死のために実を結びました。

 7:6 しかし、今は、私たちは自分を捕えていた律法に対して死んだので、それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。

7:7 それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのでしょうか。絶対にそんなことはありません。ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。律法が、「むさぼってはならない。」と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう。

7:8 しかし、罪はこの戒めによって機会を捕え、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました。律法がなければ、罪は死んだものです。

この記事の続きを読む